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全日本選手権でセクレタリー&ラジオツール

6月23〜25日まで青森県階上(はしかみ)町にて、自転車の日本一選手を決める全日本選手権が行われました。

今回は審判として参加させてもらいました。ポジションはセクレタリー。この配置を知ったのも1週間くらい前でセクレタリーって何するんだ??と分からなかった私はいろんな人に聞き、情報収集。コミュニケを作るのがセクレタリーの仕事で、レース前日のライセンスチェックが済んだら、スタートリストを発行しなければなりませんでした。

特にスタートリストはセクレタリーの仕事と聞いていたので、過去3年のコミュニケをチェックし、コミュニケの体裁もこうした方が分かりやすいかな?と夜も寝ずに考えて、準備してました。

 

大会前日の木曜日に新幹線を乗り継ぎ、在来線に乗り本八戸駅まで。そこからバスで会場へ。早く着いてリザルトなど出してくれる計測会社のマトリックスさんとコミュニケの体裁について相談しようと思っていたのですが、ライセンスコントロールを手伝う事になり、それが終わったらすぐさま監督会議。

マトリックスさんがすぐにスタートリストを作ってくれていたのですが、「女子エリート」とかタイトルに日本語を表記してもらいたかったので、そこは付け加えてもらいました。あとTTは何番走者か分かるように出走する順番を振ってもらいました。 全日本選手権なんだから、名前の所を日本語表記/英語表記にしたかったのですが、時間もあまりなくマトリックスさんが作って出してくれているのに、あれもこれも自分の意見を押し通すのもどうかな?と思い、そこは現状のままにしました。来年またセクレタリーやる事になったら、そこは変更したいです。もし、次セクレタリーやる人がいたら変えてもらいたいかな?

あと、今まではリザルトの後に付け加えで罰金とか警告が付いてたのですが、海外では罰金などは別のコミュニケとして出るので、そこも変更したい!と思い、今回は別のコミュニケにしました。

 

競技初日の23日はタイムトライアルでした。私はフィニッシュ地点にいてコミュニケを出したり、コピーしたりするんですが、朝は電源確保やコピー機の準備などでバタバタ。朝の監督会議にも来なかった選手に対し警告のコミュニケを出し、その後はマトリックスさんが出してくれるリザルトをフィニッシュジャッジに確認してもらって、サインしてもらいリザルト完了。それをコピーしてプレスセンターに出す&コミュニケボートに掲示しなければならないので、地元の人にも手伝ってもらいながらやってました。

 

この日はパラサイクリングの後にいったん表彰式があり、レースアナウンスのがらぱさんが表彰式会場の方へ行っていて、エリート女子のスタートに間に合わないとの事だったので、急遽私がアナウンスする事になりました。しどろもどろでスタートする選手の紹介をしました。実際やってみると淡々と選手の名前を言うだけになってしまい、うまく盛り上げられなくて、がらぱさんってやっぱりすごいです! こうして女子の何人かだけスタートアナウンスして、その後はセクレタリーに戻ってレースを見てました。

 

タイムトライアルはリザルト以外のコミュニケはなく終了。レース後、ロードのライセンスコントロールが別の場所であったのでそっちへ行き、U23のライセンスコントロールをチェックし、女子とU23のスタートリストをマトリックスさんに発行してもらいました。スタートリストの担当は私なので、欠場選手が抜けているか距離はあっているかなどチェックし、本来ならチーフコミッセールの松倉さんにも見せるべきだったんですが、監督会議が始まっていて確認してもらえず。その後プレスミーティングがあり、その時までにコピーしてスタートリストを渡したかったので、とりあえずコピーをしてプレス関係者に配布。HPにもスタートリストをUPしてもらったら、実は女子の距離数がkmではなくmになっていて、全く気付かず…。あちゃ〜、やっちゃった。距離数は確認したのにな〜。翌朝、revision(訂正)バージョン出すことになりました。

 

夕方にあった審判ミーティングの時に、松倉さんからエリート男子は私がラジオツールをやるように言われました。U23と女子のレースでは練習としてチーフカー(Com1)に乗車し、松倉さんと一緒にレースを回る事になりました。 そんなわけで、U23のレースはチーフカーに乗せてもらい後部座席でレース状況やリタイア選手などをチェック。U23は最後、横山選手、野本選手、山本選手3人のスプリント争いとなり、横山選手が優勝。レース後、警告のコミュニケを出さないといけなくてU23のリザルトも出して、お昼を食べる間もなく気が付いたらもう女子レースのスタート時間でした。

 

女子レースでは助手席に座り、競技無線もすることになりました。そうしたら、なんとパレード区間中に落車が発生!初っ端から、あたふた、あたふた。転んでいた選手たちの対応のため一旦レースは中断し、チーフが状況をみんなに説明した後、再スタートとなり5卉賄世農擬哀好拭璽箸箸覆蠅泙靴拭スタートほどなくして、遅れる女子選手がパラパラ。上りでバラバラになり、チーフカーは選手を抜いてメインの集団まで行かないといけないんですが、どこがメインなのか良く分からない。

レースの前方を走るCOM2情報だと先頭はまだ先の方で、小グループも抜かして行ったら、やっと集団を見つけました。その時には西選手が単独で先頭を走ってました。30人ほどに小さくなった集団について、集団から遅れる選手をチェックし、タイム差を計る距離看板やチェック番号の通過を競技無線で言ったりしてレースは進行。

與那嶺選手と唐見選手が2人先頭になり後ろは少人数のグループでバラバラ。その後與那嶺選手が独走になるとタイム差が開きすぎて、タイムチェックも難しかったです。最後は3番手争いの追走グループからアタックした金子選手に付いてゴールまで行きました。女子レースは与那嶺選手が優勝し、特にコミュニケに書くこともなく無事終了。

前日同様レースが終わったらすぐにリザルトを出して、移動してライセンスコントロール&監督会議&メディアミーティング。今回はちゃんと距離数の表示もチェックし、スタートリストばっちり作りました。時間的に余裕があったので、今回初めて監督会議にも出席しました。

 

そして、日曜日はいよいよメインのエリート男子。全日本選手権独特のピリピリ感が漂う中、レーススタート。前日、今回Com2でパネルメンバーだった有華ちゃんにスタートしてすぐにラジオツールで言うべきこと(距離とか補給の事とか)を教えてもらっていたので言いました。ラジオツールとはチームカーやメディア、レース車両に伝えるためのレース無線です。今回チームカーが8台コースを走行するのでラジオツールが必要でした。モトコムなどの競技無線から流れてくる情報をまとめて、ラジオツールに流します。この日も5劵僖譟璽描行。何事もなく順調で進んでいたのですが、正式スタートになる直前に一人の選手がパンクで遅れたため、その選手の復帰を待つべく正式スタートできないまま進んでいきました。結局復帰できそうになかったので、6匆瓩て正式スタート。レースが始まると一気にペースが上がり、ついに始まった〜って感じ。

そして、ほどなくして2つ目の峠下りで落車発生!ええっ〜いきなり〜、それも有力選手たちが!!ラジオツールで倒れている選手のチームを呼んで、その場はモトコムに任せてCom1は前へ。落車に巻き込まれたであろう選手がパラパラいて、抜かしていくも集団が見つからず、状況把握が大変でした。この落車で数選手がリタイアし、その中に昨年の覇者初山選手がいました。懸けていたこのレースで、まだ足も使えていないこの序盤にレースを去ることになり悔しさは大きかったと思います。この落車で鎖骨骨折となった初山選手、岡選手、早く治ってまたレースに復帰してもらいたいです。 骨折と言えば、内間選手も肋骨を骨折していたようです。内間選手は落車の後も走っており、途中ドクターカーを呼んで薬(多分痛み止め)をもらい、5周目入ってすぐに「痛い〜、痛い〜」と苦しみながら再度ドクターカーを呼んだのですがその後リタイア。肋骨骨折しながらも走っていた内間選手の姿は、このレースに懸ける思いがにじんでました。一日も早い回復願ってます!

 

私の役割ラジオツールですが、モトコミッセールやインフォモト、フィニッシュから入ってくる情報(タイム差や逃げの選手)を言うのですが、競技無線が使われている時は言えなくてタイミングが難しいのと逃げグループなどを言う時選手のゼッケンは番号の小さい順に並べ替えないといけないのと、モトコムからの情報をわかりやすく変換して伝えないといけないなど、頭では分かっていても実際やるとなると難しかったです。海外のレース取材に行っていた時はラジオツールは必ず聞いていたので、要領は分かっているものの、聞くのと喋るのでは大違い。なかなか難しいポジションです。

アタックがかかって集団から遅れた選手がいるとチームカーの隊列の事も考えて前に行かないといけないので(早く抜いちゃうとその選手が車両を利用して復帰してきてしまうから)、チーフは状況に合わせ、ニュートラルサービスの車だけを前に行かせたり、Com3呼んでチームカーの管理を任せてCom1は前に行ったりして、車両のコントロールをしていました。Com1に乗るのは初めてだったので、こうやって車両管理するのか〜と勉強になりました。終盤になると状況が目まぐるしく変わるので、把握が大変でした。

 

レース展開はいろんなサイトにもう出ていると思うので見てもらって、畑中選手が独走で優勝しました。優勝候補の一人だった別府選手(Fumy)が後続集団の先頭で2位。Fumyは序盤から集団前方に位置し足使い過ぎじゃないかな〜と思っていたら、途中から調子が悪そうになり遅れてしまい、これはもう優勝戦線から脱落だな〜と思っていました。しかし、いよいよメインも動き出すかなって頃になったら別府選手が集団に復帰。ラスト1周でメイン集団から飛び出たのに落車&メカトラでまた遅れてしまいました。これでもう復帰は厳しいか〜と思ったら、再び追いついて最後の2位争いのスプリント勝負。気迫が違ってました。優勝は逃したし所詮2位争いでしたが、プロとしての意地をみせたFumyの走りはあきらめずに走り続ける事の大切さを見せてくれました。

 

こうして、今年の全日本選手権もいろいろなドラマがあり終了。最後のコミュニケを発行し、私の役目も終了。何事もやってみないと分からないですね。いろいろな経験ができた今年の全日本選手権でした。

 

最後に食べ物話。今回、青森に来て食べたかったせんべい汁も会場でふるまわれていて2度食べました。ちょっとふにゃでもパリッなせんべいが美味しいんですよね!朝食にも出てたので2回食べました。会場のは魚出汁、ホテルのは鶏出汁で合わせて4食どちらも美味しかったです。せんべい汁用のせんべいも買って帰ったので、家でもせんべい汁食べたいと思います。 階上のお蕎麦もとっても美味しかったです。

 

せんべい汁

階上のお蕎麦

| 自転車の話 | 09:10 | comments(0) | - |
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